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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)3567号

原告

大沢一夫

田中康彦

志賀史典

辻井健児

右訴訟代理人弁護士

安藤巌

(ほか二名)

被告

新日本製鉄株式会社

右代表者代表取締役

斎藤英四郎

右訴訟代理人弁護士

松崎正躬

(ほか四名)

主文

一  原告らが、昭和四二年一一月二二日付で被告がなした原告大沢一夫に対する一〇日の出勤停止、原告田中康彦、同志賀史典、同辻井健児に対する各五日間の出勤停止の各懲戒処分の付着しない労働契約の地位にあることを確認する。

二  被告は

原告大沢一夫に対し、金一万〇六七六円、および内金四三六五円に対する昭和四二年一二月二一日より、内金六三一一円に対する昭和四三年一月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を、

原告田中康彦に対し、金五四一一円および内金四三六四円に対する昭和四二年一二月二一日より、内金一〇四七円に対する昭和四三年一月二一日より、各完済に至るまで年五分の割合による金員を、

原告志賀史典に対し、金五四四九円および内金四三九三円に対する昭和四二年一二月二一日より、内金一〇五六円に対する昭和四三年一月二一日より、各完済に至るまで年五分の割合による金員を、

原告辻井健児に対し、金五四七九円および内金四四一八円に対する昭和四二年一二月二一日より、内金一〇六一円に対する昭和四三年一月二一日より、各完済に至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  被告は銑鉄、鋼塊、鍍金鋼板、熱延鋼板、冷延鋼板等鉄鋼の製造販売を目的とする株式会社であり、その前身である名古屋製鉄所(以下「製鉄所」ともいう)は愛知県知多郡上野町加家新田地先に所在し、もと東海製鉄株式会社として発足したが、昭和四二年八月一日富士製鉄株式会社に吸収合併され、同社は昭和四五年三月三一日八幡製鉄株式会社と合併し、被告新日本製鉄株式会社と名称を改め今日に至った。

原告らは、いずれも昭和四〇年四月一日名古屋製鉄所に入社し、原告大沢一夫、同志賀史典は冷延部冷延工場に、同田中康彦は製鋼部製鋼工場に、同辻井健児は工務部圧延整備課熱延整備掛にそれぞれ勤務している労働者であり、鉄鋼労連新日鉄名古屋労働組合の組合員である。

二  被告は、昭和四二年一一月二三日原告大沢に対し、同月二七日から一二月六日までの一〇日間出勤を停止する、原告田中、同志賀、同辻井に対し、一一月二七日から一二月一日までの各五日間出勤を停止する旨の懲戒処分をし、かつ右期間の賃金の支払をしない。

原告らの右期間の賃金は次のとおりで、その支払方法は毎月一日から月末分までを、翌月二〇日支給する定めである。

<省略>

三  しかし、被告の原告らに対する右懲戒処分は、後述のとおり違法にして無効なものである。

就業規則四三条に「社員が次の各号の一に該当するときは、懲戒解雇に処する。但し、情状により処分を軽減することがある。」一四号には「しばしば懲戒、訓戒を受けても、なお改しゅんの情がないとき。」と定められている。従って、本件懲戒処分が有効なものとして存在するとき、原告らは本件懲戒処分を受けたことが前提となって今後右条項の適用を受けるおそれがある。

また被告従業員の定期昇給は、毎年度被告が実施しているものであるが、原告らは本件懲戒処分があったことにより、昭和四三年度(同年四月一日を以て始まる一年間)の定期昇給は、被告の昇給規定により停止された。この間の昇給停止分は、本件懲戒処分が有効なものとして存在するときは回復されることがない。

よって、原告らは被告に対し、本件懲戒処分の付着しない労働契約上の地位にあることの確認、本件懲戒処分期間中の未払賃金及び右各賃金支給日の翌日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

《以下事実略》

理由

一  名古屋製鉄所が愛知県知多郡上野町加家新田地先に所在し、もと東海製鉄株式会社として発足したが、原告ら主張の経緯をもって現在製鉄・鋼塊・鍍金鋼板・熱延鋼板・冷延鋼板等鉄鋼の製造販売を目的とする被告新日本製鉄株式会社の一部となったこと、原告らがいずれも、昭和四〇年四月一日名古屋製鉄所に入社し、その主張の職場に勤務し、かつ鉄鋼労連新日鉄名古屋労働組合の組合員であること、昭和四二年一一月二三日原告らが、その主張のとおりの出勤停止処分に処せられたことについては当事者間に争いがない。

二  訴外佐藤清美の労災事故の概要

右懲戒処分は、訴外佐藤清美の労災事故に関し原告らが会社を批判するビラを配布した行為についてなされたものである。そこでまず右事故について検討する。

(一)  本件事故現場の状況

本件事故の発生した亜鉛鍍金職場は、被告主張のとおり、鋼板を亜鉛鍍金し、これを需要先の必要に応じてコイル状或は板状に勢断する作業を行っている工場で、出来上った成品は、同職場と約一〇〇メートル乃至二〇〇メートル離れた棟続きの成品梱包場ヘフォークリフトトラックで運搬され梱包される。右運搬梱包作業は被告が訴外東海梱包に請負わせている。右亜鉛鍍金職場の従業員は、事故当時中村暢男工場長以下約一二〇名で、三組三交替制(甲番前記のとおり午前七時から午後三時まで、乙番午後三時から午後一〇時まで、丙番午後一〇時から翌日午前七時まで)をとり、一つの番に約三〇名が就労している。ほかに各番毎に約一六名の訴外東海梱包作業員が配置されていた。以上の事実については当事者間に争いがない。

当裁判所の検証の結果、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

亜鉛鍍金の職場は、舗装され平坦で、冷延部の工場建家の西北部分に長さ約二四〇メートル、幅約三〇メートルにわたって設けられているが、場内の両側には長さ約二〇〇メートルにわたり一号・二号ラインと呼ばれる亜鉛鍍金設備が一番狭いところで幅員約七メートルの空間地帯を隔てて併行に設けられており、右空間地帯を、両ラインから生産される成品を成品梱包場へ運搬する訴外東海梱包の本件フォークリフトトラックが通る。トラックの通路は、右幅員約七メートルの空間地帯の中央部分に両側を黄線二本で表示されており、その幅員は約二・五メートルである(トラック通路の状況は当事者間に争いがない)。トラックは車幅一・九三五メートル、直進が主で、時速七キロメートル以下に制限されている。黄線は多少薄くなっていたが、見えない程ではなかった。この黄線の両側幅員約二・三メートルの地帯は従業員が通路として使用しているが、二号ライン側黄線より約四〇センチメートル離して幅員約一メートルの地帯は、その両側を白線で表示し、特別に歩行通路として明示されていた。しかし、一号ライン側には、このような歩行通路の表示はされていなかった。以上の事実が認められ、他に右認定を動かすに足る証拠はない。

(二)  本件事故の状況

昭和四二年九月一八日被告製鉄所亜鉛鍍金職場の従業員である訴外佐藤清美は、甲番として一号ライン鍍金槽の作業に従事していたが、午後三時に定時間業務を終えた後、同職場内中央部二階にある現場詰所(休憩所)で行われた作業員全員による作業打合せに参加した後、午後四時半頃から五時までの約三〇分間を利用して一号ライン出側にあった亜鉛屑整理場の整理をせよとの作業長の指示に従い、午後四時半頃田中静夫工長に促されて作業員の一番最後に同詰所を出て、前記整理場に向い歩行中、一号ライン第二テンションリール・バルブスタンド前にさしかかったとき、二号ラインから亜鉛鍍金鋼板をコイル状に巻き取った成品を、成品梱包場へ運搬しつつあった訴外東海梱包所属のトラック運転手訴外田中満明運転のフォークリフトトラックに背後から押し倒され、そのまま前方に伏臥したところを、右下肢から頭部にかけて轢かれて死亡した。以上の事実は当事者に争いがない。

(証拠略)によれば、右事故直前訴外佐藤清美は真直に歩行しており、右足がトラック通路内に、左足がトラック通路を標示する黄線(一号ライン側)にかかるかかからない附近にあったこと、同人は工場の騒音のためトラックのエンジン音に気づかず、後方からトラックの接近してくるのに気づかなかったこと、一方訴外田中満明は、右後方を見ながら脇見運転し、近くにいた訴外田中静夫の大声(訴外田中静夫は、訴外清美と併行してその左前方約二メートル五〇センチメートルの地点を歩行中、トラックのエンジン音を聞き、後を振り返り、訴外清美の背後にトラックの接近しているのを発見し大声を上げた)にも異常に気づかず、トラックの左前輪で訴外清美を右足から轢いて同人を真直ぐ前方に押し倒し、続いて左後輪が同人の右下肢に乗り上げたとき、始めて異常に気づき右ヘハンドルを切って停車したこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  本件事故後における労基署等の捜査結果

(証拠略)によれば、本件事故直後に半田労働基準監督署及び所轄警察署は、事故現場に赴き、検証、関係人の事情聴取等をなしたが、右労働基準監督署の調査結果によると、本件事故の原因は、訴外田中満明の前方不注視であり、被告に労基法違反の所為は認められないというにあったこと、訴外田中はその後刑事訴追を受けたこと、但し同種災害の防止のための同署調査官の意見は「(イ)リフト運転手の工場内の運転については、安全運転(周囲の状況をよく確認し、安全な速度と方法で運転する)の徹底を図ること、(ロ)フォークリフト及びラムトラックの全車につき黄色の回転信号灯を設置すること、(ハ)作業通路に近接して運転するときは必ず警笛を吹鳴すること、フォークリフトに警報器(ブザー)を取付けること、(ニ)車道境界線上に黄色塗装の着脱可能なストッパー(安全柵)の設置、車輪カバーの設置等を検討すること、(ホ)フォークリフトの工場内運転につき訴外東海梱包と被告と運転管理につき協議し安全を図ること」などであった。なお、本件事故当時訴外田中ら訴外東海梱包所属の従業員は、時間外労働協定未締結のまま、時間外労働に従事していたこと、訴外田中は時間外労働に従事中本件事故を惹起していることが調査の結果判明した。

(四)  本件事故後における労使の検討結果について

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

本件事故当日の夜、被告側谷安全課長、中村工場長ら七、八名、組合側執行委員二名、訴外東海梱包側五、六名が出席して事故原因についての検討会が開かれたが、その結論は、事故の主たる原因は訴外東海梱包の従業員訴外田中の前方不注視ということであった。

同年九月二〇日労使による安全衛生委員会が開かれ、被告側から「事故の原因は、訴外田中の前方不注視、及び被害者が工場騒音のためトラックの近接に気づかなかったことにある。事故防止対策としては、前記労働基準監督署の調査官と殆んど同一内容の対策が考えられる」との説明がなされ、これに対し、組合側から「(イ)訴外東海梱包等の下請業者の従業員に対する安全教育の不備、(ロ)同年七月一六日の組合安全パトロールにおいてフォークリフトの速度が早く危険である旨被告に指摘した点についての被告のとった措置の具体的内容、(ハ)フォークリフト運転手に過勤務による疲労があったのではないか」等の質疑がなされた。

ついで、組合は、同月二五日に安全パトロールを実施し、同日組合側安全衛生委員会を開き検討したが、その結果の要旨は次のとおりであった。

「事故の原因は、(イ)フォークリフト運転手訴外田中の前方不注視、被害者が騒音のためリフトの近接に気づかなかったこと、(ロ)フォークリフトの通行帯が狭すぎたこと、(ハ)安全通路の表示が不十分であったこと、(ニ)梱包場が遠く、フォークリフトの稼働率が高すぎたこと、以上の点にある。組合としての事故防止対策は、(イ)安全通路(作業通路)の再点検を確保(ラインを明確に表示する)、(ロ)工場の騒音をできるだけ小さくするように設備の改善を検討する。(ハ)車輛の管理の強化(後退時に鳴る警報器―バックブザーの取付、回転信号灯の取付、バックミラーの取付、車輛にスカートをつける等)、(ニ)梱包作業場の確保、(ホ)フォークリフトトラックの工場内運行速度制限の完全実施、(ヘ)フォークリフトトラック運転手の安全教育の指導の充実、(ト)下請業者の従業員を含めた安全衛生委員会の開催以上」右の組合見解は、同月二八日の組合発行の災害情報に掲載された。

(五)  本件事故の原因

以上認定の事実によれば、本件事故の直接的原因は、訴外田中満明の前方注視義務違反(脇見運転)にあることは明らかであり、被害者訴外佐藤清美に、通行区分違反の疑いが存するとしても、また、同人がフォークリフトの近接するのを工場騒音のため気づかなかったとしても、事故の態様に照らし、同人に責むべき過失があったと認めることは困難である。

従って、訴外田中及びその使用者訴外東海梱包に民法七〇九条、七一五条違反が存することは明らかである。

然しながら、それだからとて被告に労働契約上のいわゆる安全管理義務違反その他の民事責任が存しないとはたやすく即断できない。この点については、(証拠略)及び原告辻井健児本人尋問の結果によれば、被害者訴外清美の遺族(両親)と被告との間の別件損害賠償請求事件は、一審名地裁判決は、フォークリフトトラックの運行供用者責任を被告に認めて、被告に無過失の主張なきことを理由に自賠法三条により遺族勝訴(被告に対し両親につき各三四〇万九六二四円の支払を命ずる)の判決を言い渡し、控訴審において和解(示談金一九〇〇万円)が成立していることが認められ、他にこれに反する証拠がない。

従って、被告の民事責任の存否については、有権的司法判断の確定前に当事者間の和解により解決済となったわけである。

ところで、本件事故の原因ないし同種事故の再発防止対策として労基署、労使安全衛生委員会等の検討結果は、先に認定したとおりであり、これを要約すれば、次のとおりである。

労基署は、被告に事故原因についての違反はないが、再発防止対策として、フォークリフト運転手に対する安全教育の徹底、訴外東海梱包と被告との間に運転管理につき協議を密接にすること、物的設備として、フォークリフトトラックに黄色の回転灯、警報器(バックブザー)、車輪カバーの取りつけ、ないし車道境界線上にストッパー(安全柵)を取りつけることを考慮すべきである、とする。

労使安全衛生委員会も事故防止対策としては、ほぼ労基署の見解と同一である。

組合側安全衛生委員会は、事故原因につき、フォークリフトの通行地帯の幅が狭すぎたこと、歩行通路の表示が不十分であったこと、フォークリフト運転手の稼働率が高く過勤務であったことをあげ、事故防止対策としては、労基署指摘の点の外に、歩行通路の再点検、工場騒音の減少、フォークリフトトラックの工場内運行速度制限の完全実施、梱包作業場の確保(同作業場を生産ラインの近くに確保し、トラックの稼働率を下げるの意味と思われる。)をあげている。

そこで考えるに、もし下請業者である訴外東海梱包のフォークリフト運転手の稼働率が高く、過勤務状態にあり、且つ右訴外会社がこれらの者に対する安全教育の徹底を欠いており、被告がこれらの点についての指導監督を怠っていたとすれば、被告に安全管理義務違反の責任が生ずる余地があるものというべきであろう。また、フォークリフトトラック及びその車道上における各物的設備設置・ないし歩行通路の再点検の点については、同種の事故再発の絶滅を期するためには、適切な対策であることは多言を要しないところであり、現に(証拠略)によれば、本件事故後被告会社においては、作業者通路とトラック通路との間に取り外し可能な安全柵とガードレールを設置し、操作盤の後方にもガードレールを設け、一・二号ライン間を往復するための横断通路を三ケ所に設置し、他方訴外東海梱包でもトラックに黄色回転灯・バックブザーを取りつけたこと、以上の設備がなされたことが認められる。

そして、被告に安全管理義務違反等の民事責任が存するか否かはしばらく措くとして、労働者ないし組合が、事故の再発を防止するべく、被告の安全対策に不備ありとなし、これを具体的に指摘し、職場の安全を計ろうとし、これを文書で発表するなり、被告に要求することは正当な行為というべきである。

三  原告らのビラ配布行為の経緯

(証拠略)によれば、以下の事実が認められる。

(一)  第一回のビラ(甲第四号証)の配布

原告大沢、同田中、同志賀、同辻井、訴外吉村(元原告、訴取下)、同上野(同上)、同荒木(同上)、同宮本(同上)らは、いずれも訴外佐藤清美と同じ頃入社した本件事故当時二〇~二一才の若年労働者であったが、同人の突然の悲報を聞いて、事故当日の昭和四二年九月一八日午後五時半頃同人と同じ亜鉛鍍金職場の同僚数名とともに、第二香風寮の訴外佐藤清美の室に集った。

集った者約一〇数名余(以下「原告ら有志」という)はいずれも悲報に接して、衝撃を受け、悲しみの念と共に、どうしてこのような事故が生じたのかについての怒りの念とが錯綜していたが、そこでの話し合いの結果、安全通路の不備、フォークリフトトラックは構造上前方が見えにくく、ブレーキのききが悪い。訴外東海梱包従業員による右トラックの稼働率が高い(一、二号ラインで生産される成品をトラック一台で作業しており、残業が多い)、会社は生産第一で安全は第二としている等が問題点として指摘された。

そこで、事故の原因の追求と会社の安全対策等の不備の追求を全労働者に訴えることにより事故の再発を防止するため、ビラを作成配布することに決した。

そこで、同日夜、直ちに「佐藤清美君を返せ」と題し、前記のような趣旨を記載したビラ(甲第四号証)を作成し、これを、翌一九日午前七時二〇分前後頃約一〇分間位、名鉄電車を下車して被告会社バスターミナルに向う常昼出勤者に対し、バスターミナルに通ずる公道上で、原告大沢ほか七~八名で配布した。

そして、右ビラを配布した直後と九月二一日のビラ配布直前の二回に亘り、原告大沢、同辻井、訴外吉村、同近藤ほか四、五名は組合事務所に赴き、委員長訴外藤原に対し、ビラを撒きたいので、労働組合として許可してほしい旨要請したが、組合は、組合としての事故原因の解明調査が充分でなく検討を進めている段階で結論を得ていないこと、及び加害者ともいうべき訴外田中の属する東海梱包労組から、事故の原因については同組合員の不注意によるものであり、本人を含め労働組合としても深く反省している。再びこの様な禍を繰返さないための対策の強化に取り組んでいると、再三謝罪にきている等の事情もあるから、この段階では、原告らも組織としての行動に従ってビラ撒きはやめてほしい、としてこれを拒否した。

(二)  第二回のビラ(甲第一号証)の配布

九月二〇日所葬が済んだ後、原告ら有志は喫茶店スズランに集った。そして所葬の場で読む機会の与えられなかった弔辞(九月一八日の仮通夜の席上小山作業長から訴外甲斐宏が友人代表として弔辞を読むよう依頼され、同人が友人と共同で作成したもの、その後被告は友人代表を田中工長に変更)をここで読もうということになって、訴外甲斐が読み上げた。そして、この弔辞をビラにして皆に読んでもらおうという声があがり、同日夜「佐藤清美君の冥福を祈る!」(甲第一号証)と題して弔辞の全文をビラに作成し、これを約二〇〇枚翌二一日午後三時半頃から午後五時頃までの間原告大沢と訴外吉村とがバスターミナルで勤務終了の退勤者を対象に配布した(原告大沢は午後三時三〇分頃から約一〇分間、訴外吉村は午後四時三〇分頃から約一〇分間)。右ビラには、組合に対し早急に安全対策のための活動を要請すると共に右弔辞の全文が掲載されていた。その内容は別紙(一)のとおりであり、その要旨は、亡清美の冥福を祈り、哀悼惜別の念を表すると共に、第一回のビラと同じ問題点が指摘されており、被告会社の生産第一主義が批判されていた(右ビラの配布及びその内容は当事者間に争いがない)。

右配布中両名は、被告の保安掛から就業規則三二条違反になると注意され、午後四時四〇分頃ターミナルでの配布を中止した。原告大沢は九月二三日にも保安掛から無許可で配布しないよう注意され、以後原告らはターミナル内でのビラ配布はしなかった。

(三)  第三回のビラ(甲第五号証)の配布

原告ら有志は、本件事故の状況について討議検討し、職場の安全を要求するビラを「会社は今すぐ安全通路帯、ガードレールを設け、すべてのラムトラックにスカーフィングを付けよ!!」と題して作成し、これを九月二六日名鉄電車常滑線富士製鉄前駅からバスターミナルに至る公道及び上野台社宅付近で従業員に配布した。右ビラの要旨は、本件事故の原因は、被告の安全対策の不備にあるとなし、事故再発の防止のために、被告に対し、安全通路帯ガードレールの設置、トラックの前輪にスカーフィング及びトラックに黄色の点滅ランプの設置、トラックの速度制限、トラックの運行経路の変更を要求し、全従業員に理解と協力を求めるというものであった。

(四)  第四回のビラ(甲第二号証)の配布

その後原告ら有志は、訴外佐藤清美の死亡時から所葬までの被告会社の姿勢が人間性を欠いている点に問題があるとなし、それを追及して安全の問題として組合員に訴えようと考え、「会社の不当なやり方に抗議する」とのビラ別紙(二)を作成し、これを約四百数十枚九月二九日午前七時半頃、原告辻井、訴外上野、同吉村が被告主張のとおり配布した(右ビラの内容反び配布の事実は当事者間に争いがない)。

被告は、右ビラにつき従業員から真偽の問い合わせが相次ぎ、相当な反響があったことに加えて、その内容において多くの虚偽を含み、ことさらに会社をいわれなく攻撃するものであり、放置しておけないとして、一〇月五日保安掛長らを通じて、前記三名に対し、警告した。

(五)  第五回のビラ(甲第三、第六号証)の配布

第四回までのビラ内容について、原告らは被告から虚偽であると指摘され注意をうけていたので、いずれの主張が正しいかを全従業員に判断して貰うものとして、「佐藤君、君の死はむだにしない!」と題する別紙(三)のビラ(甲第三号証)と、まとめとして「組合の力で職場に安全を!」と題するビラ(甲第六号証)を甲第三号証のビラと二枚綴りにして、約各四〇〇枚を一〇月二三日午前七時三〇分頃、原告辻井を除く原告三名並びに訴外吉村、同上野、同荒木、同宮本の合計七名が被告主張のとおり配布した(右各配布の事実及び別紙(三)のビラの内容は当事者間に争いがない)。

甲第六号証のビラの要旨は、「従来の一連のビラは、原告ら有志が全社的に安全な職場に作り変える目的を以ってなしたものであること、右ビラ配布について被告の保安掛等から注意、制止等をされたもののビラ及びビラによって喚起された従業員の要求により被告は設備面での改善策を考え出しているので、それなりの成果が上がっている」というものであった。

(六)  被告は、これまでのビラについて保安掛長らをして原告らに対し注意、警告をさせて来たが、原告らがこれに従わず、第五回目のビラを配布するに至ったので、氷室労働課長は、同日自ら原告大沢、訴外荒木、同宮本ら、ついで訴外上野、同吉村、原告田中と順次面接し注意したが、奏功しなかった(なお保安掛は、原告ら有志の一部の者について調書を作成し、署名押印させた)。

かくて被告は、原告らの行為が就業規則に違反しているうえ、反省するところがなく、これをそのまま放置するときは、従業員の服務規律の軽視につながるのみならず、会社と従業員間の信頼関係に悪影響を及ぼすとして、懲戒手続をとることにした。

(七)  賞罰委員会の経緯

昭和四二年一一月六日賞罰委員会が開催され、副委員長伊藤労働部長以下委員一二名、労働組合から藤原委員長、宮崎副委員長、柴田副委員長が出席した。

右委員会において、訴外荒木、同宮本、同上野はそれぞれビラ配布の事実を認め、反省の態度を示したが、訴外吉村、原告大沢、同辻井、同田中、同志賀の五名は、同委員会においては黙秘することに意思統一をして臨み、ビラ配布の有無についてすら完全に黙秘の態度をとった。

原告らが賞罰委員会で右のような態度をとったのは、原告らとしては、本件一連のビラ配布活動を正当であると信じ、被告の注意、警告ないし賞罰委員会の呼出は原告らの活動を不当に抑圧せんとの意図に基づくものと考えていたためである。

かくて、被告は、原告大沢は配布回数二回、訴外吉村は配布回数三回、共に反省の色がない点を重視し、右両名につき出勤停止一〇日間、訴外上野は配布回数二回であるが、反省しているので出勤停止三日、原告辻井、同田中、同志賀は配布回数一回であるが、反省の態度がみられないので出勤停止五日、訴外荒木、同宮本は配布回数一回、反省の態度がみられるので、減給半日分の各懲戒処分に処した。

四  本件懲戒処分の効力

前記佐藤清美の労災死亡事故に関し、原告大沢が訴外吉村と昭和四二年九月二一日に別紙(一)記載のビラを被告会社バスターミナル内において無許可で、原告辻井が訴外吉村、同上野と同年同月二九日別紙(二)記載の、また原告辻井を除く原告ら三名が訴外吉村、同上野、同荒木、同宮本と同年一〇月二三日別紙(三)記載の、各ビラを被告主張のとおり配布したこと、就業規則四二条一項九号、同条同項一二号、四三条一項四号の各規定の内容が被告主張のとおりであること、及び被告が就業規則の右各規定を適用して本件出勤停止の懲戒処分をしたものであることは、当事者間に争いがない。

(一)  バスターミナルに於ける原告大沢の別紙(一)記載のビラ配布行為について

一般に事業場ないしこれに準ずる施設を使用あるいは利用して行う労働者の業務外の行動については、たとえそれが就業時間外に行われるものであっても、使用者の有する一般的施設管理権に基づく適法な規制に服さなければならず、若し、労働者が右規制に服さないときは、使用者はこれに対し、あらかじめ定める就業規則条項に則り懲戒権を行使することも許されると解する。

但し、労働者に右規則違反の所為があっても、その所為により職場秩序をみだし、又はみだすおそれがないと認められるような場合についてまで使用者が懲戒権を行使することは、権利の濫用の評価を受くることあるは当然である。

これを本件についてみるに、就業規則三二条に「社員は許可なく、会社施設内において、次に掲げる行為をしてはならない。1業務に関係のない文書、図画等の掲示、配布又はこれに類する行為」と規定され、同規則三一条に「社員は、許可なく業務に関係のない行事、集会等のため、会社の所有又は管理する土地建物その他の諸施設(以下「会社施設」という。)を使用してはならない」と規定されていること、及びバスターミナルの物理的形状が被告主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によると、右バスターミナルが製鉄所敷地内に存在していること、社宅生産工場とバスターミナルの位置関係、及びバスの発着状況は被告主張のとおりであり、当時従業員の約八割は、社宅からのバスや名鉄電車を利用した後、右バスターミナルで職場行きのバスに乗車し通勤していたことが認められるから、右バスターミナルにおけるバス運行に関する秩序は事業所の生産と直結しているものというべく、右バスターミナルを会社施設の中に含ましめて同規則三一条、三二条により右場所における従業員の行動を規制することは合理性が存するというべきである。これに反する原告らの主張は採用できない。

そして、別紙(一)記載のビラは業務に関係のある文書といえないことは明らかであり、原告大沢は被告の許可を得ることなくバスターミナルにおいて配布したことは前記のとおりであるから、同原告のバスターミナル内における右ビラ無許可配布行為は、同規則三二条に違反し、従ってまた同規則四二条一項九号に該当するというべきである。

しかしながら、原告大沢のビラ配布は前記のとおり退勤途上の従業員に対し、約一〇分間という短時間に行ったにすぎず(訴外吉村は別に一〇分間)、配布枚数も両名で二〇〇枚程度であり、保安掛の注意で配布を中止したのであり、それ以後はターミナルでの配布は行っていないこと、右ビラ配布行為によって被告の業務を阻害したと認めるに足りる証拠はなく、かえって(人証略)によっても右配布によりバスターミナル内における通勤バスの運行を阻害することのなかったことが認められること、並びに先に認定した右ビラ配布の動機、右ビラの内容(右ビラの文言中には「君の身体から飛び散った血を横に見て、フォークリフトは走っていたという。……」など煽情的な文言も散見されるけれども、文章全体の基調は前記のとおりであり、これは事故に対する組合の前記見解とほぼ軌を一にしており、いまだ右ビラの内容が従業員に動揺誤解を生ぜしめ被告の業務を阻害し、あるいは阻害するおそれありと認めることは到底できない)、及び組合が右ビラ配布を承認しないため、やむなく原告ら有志の単独行動という形体をとらざるを得なかったこと等の諸事実に徴すると、原告大沢の右ビラ配布の所為は、前記就業規則所定の懲戒事由該当性の度合は低く、懲戒権を行使して問責しうる程の不当性は認められないと考える。

(二)  別紙(二)(三)のビラ配布の懲戒事由該当性の存否

被告は「右各ビラ中被告主張部分は、故意に事実を歪曲し、被告を中傷誹謗するものであり、これを配布した原告らは、これにより従業員の間に被告に対するいわれなき憎悪感を生ぜしめんとの意図を有していたのであり、従って右各ビラの配布は就業規則四三条4号(会社に不利益を与えるような虚偽の事項を陳述し、又は流布したとき)に該当し、しかも右ビラにより従業員の被告に対する信頼感をそこなわせ、ないしそこなわせるおそれがあった」旨主張するので、以下右主張の当否につき審按する。

1  別紙(二)記載のビラ

(1) 「葬儀の間、彼の両親と話した友人は誰一人いないだろう。それは何処へ行くにも監視がつき、誰とも会わせなかったからだ」「通夜の夜にも寮へ見学に来た時も彼の二年数ケ月を過した部屋は五分と見ずに、部屋の相棒がアルバムを持って少々の時間でも話したかろうと思い後を追ったが寮には既にいなかった」との被告の遺族への態度についての記載について

(証拠略)によれば、次の事実が認められる。

被告は、遺族が岩手県から所葬のため来名するにつき、訴外亡清美が居住していた第二香風寮の寮務主任訴外伊藤嘉七及び訴外亡清美と柴波高校同窓で同期入社の訴外栃沢行夫の両名を上野駅まで出迎えさせ、かつ右伊藤嘉七をして終始遺族の身辺の世話に当らせることとした。遺族(亡清美の両親、弟、叔父二名計五名)は一九日午後七時三〇分頃普済寺に到着し、本通夜の席(出席者約一〇〇名)に臨んだ。午後一〇時過ぎ、亡清美と同じ高校出身の同僚訴外富山正身(寮長)外三名が両親に面会したい旨申出たが、訴外岩沢蕃厚生課長は、両親が長途の旅とショックとで疲れがひどいから、できるだけ早く休ませてほしいと訴外伊藤寮務主任から聞いていたので、その旨訴外富山らに伝え明朝に面会することにさせ、同人らは翌二〇日午前七時頃普済寺において両親に面会した。また一九日夜女性二人が祭壇への供物を持参し両親に会っているが、会社関係者は両親の疲れを察して早目に切り上げてもらった。二〇日午前遺体が半田市で火葬に付されたが、焼骨完了まで約二時間程を要したので、その間を利用して、遺族を第二香風寮に案内した。遺族はここに約三〇分位とどまり、亡清美の部屋や、隣室の訴外栃沢の室で同人や同寮自治会役員の訴外畠中栄興らと面談した。

右認定に反する(証拠略)の会いたいと申出ても会わせてくれなかったとの亡清美の父親から原告大沢宛の昭和四四年九月五日付手紙の記載部分は、(証拠略)の所葬直後父親から訴外京野掛長等によせられた礼状などにてらしたやすく措信できない。

以上認定の事実によれば、葬式の間被告が両親に監視をつけ、亡清美の同僚友人との面会を阻止したという事実は存しないことは明らかである。もっとも、(人証略)によれば、原告ら有志、特に訴外甲斐、同古水らは両親に亡清美の遺品(アルバム等)や前記弔辞を手渡してゆっくり面談する機会を持ちたいと望んでいたが(訴外甲斐は火葬場で、訴外古水は寮で)、所葬の前後を通じその機会を得られなかったこと、原告ら有志の目には、遺族の世話係訴外伊藤らが監視人の役割をしているように映じたことが認められるけれども、原告ら有志が具体的理由を付して両親との間に面談したい旨を被告ないし遺族に申出て拒否されたという形跡は全く存しないのであるから、これは、あくまで原告ら有志の主観的印象にすぎないと認められるから、右証言及び各原告本人尋問の結果部分は前記認定を左右するに足りないというべきであり、従って、遺族に監視がつき、被告が友人と両親の面会を阻止した旨の記載部分は、虚偽であり、被告を中傷誹謗したものというべきである。

(2) 「正木旅館に予約してあることを聞かされた。その旅館には間違いなく二人の予約がしてあった。しかし午後一一時まで待ったが、両親はついに姿を見せず、後に判ったことだが千代田旅館というところに泊ったそうだ。その旅館名を皆の前で公表せず、ひたかくしにかくし二一日の朝まで隠し続けた」との旅館隠匿の記載について

(証拠略)によると、次の事実が認められる。即ち前記のとおり、原告ら有志は、九月二〇日所葬終了後喫茶店スズランに集まり、訴外甲斐が皆の前で弔辞を読むと共に、その弔辞を両親に渡したり、訴外古水が持っている亡清美の遺品(アルバム等)も届け、生前のことを伝えてやりたいという気持から、遺族の宿泊先を訪ねようということになり、一同は訴外京野冷延部調整掛長らに問い合わせたが判明せず、翠芳園か若松旅館ではないかと言われ、右各旅館を探し歩き、若松旅館主の好意で被告指定旅館正木旅館に二名の予約があったことを突きとめ、ここで午後一一時まで待ったが、その日亡清美の両親は宿泊場所を旅館千代田に変更していたので、原告らは会うことができなかった。

そこで原告ら有志は、二二日午前中に遺族が帰郷する由を聞知していたので、せめて名古屋駅で見送ろうと考え、右日時に駅に赴き遺族に会うことはできたものの、黙礼程度で面談することはできなかった。一方被告は当初九月一九日午前中に正木旅館に両親二人の宿泊方を手配したのであるが、同日夜来名した遺族が五名であったことに加えて、加害運転手の雇主である訴外東海梱包から遺族の宿泊は是非世話させてほしいと強い要請があったので、翌二〇日午前中同社指定旅館千代田に変更したが、何故か正木旅館に対する予約の取消しはせず放置され、また右旅館の変更のことは労働部厚生課と冷延部の一部の会社関係者に伝えられたに止まった。右二〇日夜千代田旅館において、被告側訴外須山所長室長ら五名立会のうえ、遺族と訴外東海梱包代表者との間に、本件事故につき、訴外東海梱包が金一〇〇万円を支払って一切解決ずみとする旨の示談が成立し、その旨の示談書が作成された。

以上に認定した事実によれば、右記載部分中「ひたかくしにかくし、二一日朝まで隠し続けた」とある部分以外は、真実であると認められ、右部分についても、原告ら有志が、そのように考えるについては無理からぬ事情が看取できる。被告が正木旅館に対する予約取消の措置をとらなかったこと、原告らが問い合わせた職制の返事の不明確性などはその有力な事情である。

しかしながら、本件全証拠によるも、被告が故意に遺族の宿泊旅館を隠したとは認められないから、右ビラの記載中被告が旅館をひたかくしにかくし二一日朝まで隠し続けたとの部分は、虚偽で被告を誹謗中傷する文言であるが、原告ら有志が右のように考えたについてはその責の一半は被告にもあるというべきである(被告が正木旅館の予約を取消し、同旅館に対し千代田旅館に変更した旨を通知しておけば、原告ら有志がこのような誤解をする筈はなかったと考えられ、被告が右措置をとらなかった理由について首肯し得る事情は認められない)。

(3) 「葬儀の中で、金子所長が読まれた弔辞の中に、今生産をあげることが彼のめい福を祈る事になる……生産第一の中で死なれた彼が生産を上げる事によってどうして満足できようか」との金子所長弔辞の記載について

(証拠略)によれば、金子所長の所葬における弔辞の要旨は、先ず亡清美の入社以来の人格、業績を偲び、ついで会社を上げての安全配慮にもかかわらず、偶発事故による他界を痛み、これを亡清美に詫び、結語として、社員一同一層の努力をして社運の隆昌に邁進することと、二度とこのような事故が起きぬよう万全の措置を講ずることを誓うというものであったことが認められ、他にこれに反する証拠は存しない。

従って、「生産を上げることが彼のめい福を祈ることになる」趣旨の文言が存しないことは明らかである。

もっとも、右弔辞の文言中「社運の隆昌に邁進することを誓う部分」のみを取り出せば、右ビラ記載のような文書と同義になる可能性も存するけれども、これは弔辞の全体の文章の一部を曲解誇張するものであるという外はない。思うに、原告ら同志は、前記のとおり二〇日の所葬終了後、喫茶店で所葬時に朗読できなかった訴外甲斐の弔辞を読み、これと比較して所長弔辞に不満を覚えたのであろうが、右文言は、客観的に見て誹謗中傷の文言であることは否定できない。これに反する原告らの主張は採用できない。

(4) 「永野会長がメッキ工場視察の時、某課長が彼の死んだ箇所を指さした時、彼はそっぽを向いて通り去ったという。黙とうなど毛頭するはずがなかった」との永野社長工場視察時の行動に係る記載について

(人証略)によると、九月二〇日午前(所葬当日)永野社長始め製鉄所幹部は、日印経済委員会のインド側委員を製鉄所内に案内したが、同社長から四~五メートル先頭を歩いていた訴外金子所長は、事故現場を通行するに当って、傍らにいた訴外堀口冷延部長に対し、事故発生の場所を尋ねた上、立ち止まって頭を下げて通った。永野社長はその動作に気がつかず通り過ぎた。某課長が永野社長に対し事故現場を指さしたことはないということが認められる。従って、前記ビラの記載部分もまた虚偽であり、被告会社永野社長を中傷誹謗するものというべきである。

もっとも、永野社長が事故現場を素どおりしたことは事実であり、当日午後は亡清美の所葬の日であったから、被災現場で作業していた者は弔意に満ちていたことは想像するに難くなく、(人証略)によると、そのような者の目には金子所長の四~五メートル後方にいた永野社長が素通りしたことが、そっぽを向いて通り去ったと映じたことが窺われること、及び被告側にも社長に対しあらかじめ本件事故現場を告げるなどの配慮に欠ける点があったというべきであるが、右文言が事実に反し、誹謗中傷の文言であることは否定できない。

2  別紙(三)のビラの「皆さんこのいいがかりは、人を殺した犯人が『悲惨な男、惨忍な男』の世間の声に対して『俺は惨忍ではない。そんなことを言うのはけしからん。訴える。』と開き直るのと同じではないでしょうか」との記載について

別紙(三)のビラの要旨は、「佐藤君、君の死はむだにしない」と題し、本件事故の原因は被告の生産第一主義にあり、具体的には安全通路が有効に確保されていなかったことにありとなし、この立場に立ってなした一連のビラ活動に対し、被告が一人一人を呼び出し調書を強要した上、ビラは名誉毀損であり、場合によっては解雇するなど不当な圧迫を加えていること、及び被告と原告ら有志の対立点を具体的に記載したものであり、被告指摘の部分は結語として被告の言い分の理由なきことを殺人犯人の弁明にたとえたものである。

ところで、事故の原因につき安全通路の確保がなされていなかったとの指摘は事故後における組合側の安全衛生委員会の主張と軌を一にしており、また、(証拠略)によれば、組合は事故後その機関誌「労朋」において「事故後における労使の安全衛生委員会において、会社の生産至上主義からこのような大事故が起るとは残念である。真に血のかよう安全対策に実を入れ、文字どおり安全第一を実行すべきである旨追求した」との記事を掲載したことが認められるから、事故原因を生産第一主義にあるとなす原告ら有志の見解も組合の主張と軌を一つにしているものというべきである。また、原告らは前記のとおり一連のビラにつき被告保安掛から虚偽の事実として注意警告をされ、調書を作成させられたのであるから、原告ら有志にとっては、被告のこれら所為が圧迫と映じたとしても無理からぬものというべきである。

従って、右ビラは、問題とされる結論部分を除いては、別段不当な点は存しないというべきである。

然しながら、たとえ比喩とはいえ、被告を殺人犯に擬するとは誇張が許される程度をこえるものというべきであって、中傷誹謗の文言にあたることは否定できない。

これに反する原告らの主張は採用できず、他に以上の認定を左右するに足りる証拠は存しない。

3  別紙(二)(三)のビラ配布の懲戒事由該当性についての総合的考察

以上に認定した事実によれば、右各ビラ中被告指摘の部分は真実ではなく、あるいは誇張が程度をこえ、被告を中傷誹謗するものであることは明らかである。

そして右各ビラの配布枚数、それが公道・社宅附近で配布されたことからすれば、被告の従業員に止まらず、その家族ないし近隣の者にまで流布された可能性もあるから、これによって被告の名誉が毀損されたものというべきであり、また、これらのビラにより被告従業員の間に種々の反響をひき起したのであるから、右各ビラ配布の所為は、就業規則四三条4号に該当するというべきである。

然しながら、先に認定した右各ビラを含む一連のビラの作成配布の経緯に徴すると、原告らは本件事故の根本的原因を被告の生産第一主義にあるとの立場から、同種の事故の再発を防止し二度とかかる犠牲者の出ない安全な職場の確立を念願し、これを全組合員に呼び掛け、被告に反省を促すべく、亡清美の同期生ないし同一職場の原告ら有志の名において一連のビラの作成配布活動に従事したのであり、参加者は原告らのみではなく、また基本的見解において事故後の組合の見解と軌を一にしており、たとえ、右ビラの作成配布が組合の承認を得られず、その指令に基づくものでなかったとしても、その目的において、労働条件の維持改善という労働組合の目的と任務に副うものである以上、これは正当な組合活動というに何らさまたげのない(統制違反の問題は組合内部のことがらに過ぎない)ことは多言を要しない。

思うに前記誹謗中傷の文言は、原告らが同僚のフォークリフトによる轢死という悲惨事に深刻な衝撃を受け血気にはやり、いわゆる勇み足となり、被告側と意思の疎通を欠き、特に、所葬時における友人代表としての訴外甲斐の弔辞が突然他に変更されたこと、被告が予約している遺族の旅館を突きとめ、夜遅くまで右旅館で待ったものの遺族の旅館が変更されていたため徒労に終り遺族と心ゆくばかり話し合う機会が持てなかったこと、ビラ配布中止の被告の警告などをめぐって、被告側と感情的に対立し、被告に真に亡清美の死をいたみ、安全問題に取り組む誠意なしと即断し、対抗意識をエスカレートさせ、その結果として所葬時における被告の遺族に対する措置を始め被告の態度を誤解したために生じたものと見るのが当然であろう。

従って、原告ら有志に、被告主張のように専ら被告ないし上司の信用名誉を毀損することのみを目的とする悪意があったとまでは認められず、(右認定の趣旨に反する成立に争いのない<証拠略>は採用できない)原告らの即断、誤解も同僚の死に直面した原告らの立場からすれば、それなりに無理からぬ事情がないとは言えず、被告側にも原告ら有志の即断誤解の一部につき(特に旅館秘匿の件)一半の責任がないとは言えず、原告ら有志が虚偽であることを知り又は容易に知り得べきものであって知らなかったことについて重大な過失ありとまでは認められない。また、別紙(三)の比喩の文言は、全体の文章の流れからすると、結語部分を構成し、いわば枝葉部分に属すること、これに加えて、一般に労使間において労働条件の維持向上を志向する労働者の言論の自由は最大限に尊重さるべく、これに対し懲戒処分を加えることはできるだけ抑制的でなければならないこと等を彼此勘按すると、別紙(二)(三)のビラ配布の所為の懲戒事由該当性の程度は、さして悪質重大なものとは言えないばかりでなく、その情状において酌量すべき事情が存すると考える。

ところで、(証拠略)によれば、被告就業規則四一条には、懲戒には、始末書を提出させ将来を戒めるけん責、始末書を提出させ一日につき平均賃金の半日分を減ずる減給、始末書を提出させ一〇日以内の出勤を停止する出勤停止、及び懲戒解雇の四種あることが規定されていることが認められ、別紙(二)(三)のビラ配布は就業規則四三条一項(懲戒解雇事由の規定)四号に該当することは前記のとおりであり、同条一項本文は情状により処分を軽減することがある旨規定し、賞罰委員会における量刑は、前記のとおり被告がその時点で調査確認できた配布回数と反省の態度が認められるか否かにより決定され、配布回数一回で反省の念ありと認められた訴外荒木、同宮本は減給半日分であり、原告らは主として反省の念なきことを理由に出勤停止一〇日ないし五日に処せられたのである。

たしかに、原告らは賞罰委員会において殆んど黙秘し、反省の態度を示さなかったのであり、被告側としては、これを量刑に参酌したのも無理からぬものというべきではあるが、先ず原告ら有志は一団となって一連のビラの作成配布に関与したのであり、配布回数の多少によって量刑することは刑の均衡を失するおそれがある。ことは労使の見解が鋭く対立する工場の安全問題に派生して生じたものであり、原告らは正当な組合活動であることを確信し(前記誹謗中傷の文言を除いたその余の一連のビラは正当な組合活動と目されることは前記のとおり)、被告の一連の調査、賞罰委員会の呼出を不当な干渉ととらえていたことからすれば、原告の右委員会における黙秘もそれなりに理由がないとは言えない。

これを要するに、客観的に見て原告らの別紙(二)(三)のビラ配布は、原告ら有志が一体となって関与したものであり、全体として正当な組合活動に属し、中傷誹謗文言の箇所は、就業規則に違反するが、その程度は悪質重大とは言えず、酌量すべき事由もあり、また被告側にも落度がないとは言えず、就業規則違反を以って問責するとしても、懲戒解雇に次ぐ重い処分である出勤停止の、しかも原告大沢は最高一〇日(原告大沢のターミナルにおけるビラ配布は前記のとおり就業規則違反を以って問責しうる程度の不当性は認められないから、これを懲戒処分事由とすることは許されない)、その余の原告らも五日という処分は、重きにすぎて、懲戒権行使の裁量権を著しく逸脱し権利の濫用として無効というべきである。

五  結論

以上のとおり、本件懲戒処分は懲戒権の濫用として無効であるところ、被告はこれを争っているから、原告らが本件出勤停止の各懲戒処分の付着しない労働契約上の地位にあることの確認を求める請求は理由がある。

そして、原告らが出勤停止期間中の賃金が未払であって、その額及び支払期日が原告ら主張のとおりであることは当事者間に争いがないから、被告は原告大沢に対し金一万〇六七六円および内金四三六五円に対する支払日の翌日である昭和四二年一二月二一日より、内金六三一一円に対する前同様の昭和四三年一月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告田中に対し金五四一一円および内金四三六四円に対する前同様の昭和四二年一二月二一日より、内金一〇四七円に対する前同様の昭和四三年一月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告志賀史典に対し、金五四四九円および内金四三九三円に対する前同様の昭和四二年一二月二一日より、内金一〇五六円に対する前同様の昭和四三年一月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、原告辻井健児に対し、金五四七九円および内金四四一八円に対する前同様の昭和四二年一二月二一日より、内金一〇六一円に対する前同様の昭和四三年一月二一日より各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。仮執行の宣言は相当でないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本武 裁判官 戸塚正二 裁判官 林道春)

別紙(一) 佐藤清美君の冥福を祈る!

皆さん、お勤め御苦労様。

9月18日、佐藤清美君が無惨に殺されてから、今日で3日です。昨日(20日)所葬が行われましたが、以下の文章は彼と最も親しかったK君が、佐ト君の冥福の為に友人達と相談して書いた弔辞です。友人代表として、佐ト君の霊前で読みたいと訴えましたが受け入れられませんでした。ここにその全文を掲げ、佐ト君の真の冥福の為に組合が早急に何らかの対策を打ち出されることを再度強く訴えます。故人は自分の様な犠牲者が再び出ない安全な職場が作られてこそ安らかに永眠できるのです。佐ト君は、そういう正義感と責任感の強い青労だったのです。

(弔辞)

佐ト君、僕は君の最后の言葉として二度とこの様な事故を起させない、再び俺達の仲間を労働者を、君の様な無惨な死に方をさせないということをちかう、佐ト君、君が突然いなくなってしまったことを寮や職場の仲間達は2日たった今日、いや、今現在さえも信じられない気持です。第2香風寮の君の部屋を開けると「オス」といって君のニキビが元気な顔が声が、はね返って来る様な気がします。今、目をとじて君を思い出すと君を始めて知った時、スクラム組んで歌を唄った時、交流会といって女性とハイキングへ行った時、御在所へ登った時、君が青春の喜びを身体いっぱい満ちあふれるばかり感じた時、俺達が生きることの素ばらしさを知った時、あの時、この時、全てが真実であり現実であった。しかし君は突然に死んでしまった、佐ト清美20歳人間として夢多き青年として名古屋へやって来た。岩手の故郷には、君を守り育て18年間戦後の苦しい時代君を立派な人間としてくれた母があり父があり兄弟があると思う。君の突然の死は御家族にとっては気も遠くなる様なできごとだと思います。僕は友人達を代表いたしまして心より御悔み申しあげます。

そして君の死んだ職場を見てみよう、死んだ場所には安全通路がなかった、仕事が多く人手が足りず、フォークリフトは、フル運転だったと聞く、同じ労働者が同じ職場で働きながら別の会社のために意志の疎通が無かったという、残業、残業で追いまくられていたという。

佐ト君、君は知っていたと思う、君は死なねばならぬ理由がなかったと、死にたくはなかったと……同時に職場には無数の不安全な点が生産第一のために放置されていることを、そして君だけでなく全ての仲間に危険があるということを、君がつぶされた時、君の職場の作業は一度も休むことなく生産を続けていた。

君の身体から、飛び散った血を横に見て、フォークリフトは走っていたという、その時、君の職場の仲間達は、君に対してすまない気持をもちながら作業したという、しかし、生産を中止して、職場の安全を確認することはできなかった。

僕は君のたましいと、君の親族の前で誓います、職場の仲間達と共に約束します。再び君の様な事故は起さないことを君の死と共に我々の職場から事故をなくすことを。

最後に君が望み追求した青年らしい生き方、勇気ある生き方、働く者としてその先頭に立って頑張った不屈の闘志を、俺達で受けついで行くことを約束して弔辞とします。

佐ト君! 安らかに眠って下さい。

1967年9月20日

友人代表

別紙(二) 会社の不当なやり方に抗議する

去る9月18日 亜鉛メッキ工場で殺された佐藤清美君の葬儀は所葬として行なわれ、外見上は非常に盛大であったが、その内容は事故の原因をおおいかくすために一方的形式なものであった。両親は葬儀の間、その一方的な運営の中で疲れときんちょうを背おいさぞ息苦しく過されたことでしょう。

19日普済寺へ着いた両親は列車の中で迎えに行った清美君の友人に是非部屋の相棒と友人に会って話したいと云っていたという。葬儀の間、彼の両親と話した友人は誰一人いないだろう。それは何拠へ行くにも監視がつき、誰とも会わせなかったからだ、通夜の夜にも寮へ見学に来た時も、彼の2年数ケ月を過した部屋は、5分と見ずに部屋の相棒がアルバムをもって少々の時間でも話したかろうと思い後を追ったが、寮にはすでにいなかった。その時間わずかに15分間。

絶えず多くの会社の人達 目の中で何にも云えず二日間を過ごされた両親は辛かっただろう。私達友人は、故佐藤君の思い出をしのび、両親と話したい気持で旅館をたずねることにした、これは20日の夜少しの時間でも良いから、アルバムを見ながら、彼をしのぼうと思いたち、寮ム主任と掛長に聞いて回った。

しかし、20日の夜までにそれを聞きだすことができず、私達は会社の指定旅館をたずねあるき、その一旅館で池下にある正木旅館に予約してあることを聞かされた、その旅館にはまちがいなく、二人の予約がしてあった、しかし、午後11時までまったが、両親はついに姿を見せず、後に分かったことだが、千代田旅館というところに泊ったそうだ、その旅館名を皆の前で公表せず、ひたかくしにかくし二十一日の朝まで隠し続けた。

二十一日の朝は列車の発車時刻もわからないまま、朝七時半頃から私し達の書いた弔辞を渡すのと見送のため駅の開札口でまち続けた。

九時三十八分の新幹線を見送り、あきらめて帰って来た地下鉄の入口でバッタリ両親と会った。

その時始めて出発時間が分った。

サヨウナラ元気で、それしか言えなかった私し達は本当に空しい気持と重い足で寮へ帰った。

それまで隠しておきながら、二十一日の朝になって教えるとは

私し達は旅館の名前を聞きたかったそしてそこえ行って両親と話し合いたかったのだ

両親だってそれを望んでおられたはずだ

きっとその気持でいっぱいだったにちがいない。

又葬儀の中で金子社長が読まれた弔辞の中に、今生産を上げる事が彼のめいふくを祈る事になる……

生産第一の中で死された彼が生産を上げる事によってどうして満足出来ようか

今欲しいのは本当に事故のおきない作業場なんだ

佐藤君はこうさけびたかったろう。

永野重雄会長が 亜鉛メッキ工場視察の時某課長が 彼の死んだ個所を指さした時 彼はそっぽを向いて通り去ったと言う 黙とうなど毛頭するはずがなかった

彼の死は生産を上げる事によっては取り返えす事は出来ません 今ここで安全の認識を増しそれを実際に工場に実現して行く事が今ここで労働組合を先頭に安全対策を口先上の安全生産第一の安全から真の安全へと転化する事が彼の死を本当に取り返す事になるのではないだろうか

我々はてっていしてこの事故の本質を又安全に関してこれからも追求して行く

同期生友人有志

別紙(三) 佐藤君 君の死はむだにしない!

つくるために安全な職場を

つくるために安全な職場を

同期生友人有志会

私たちの活動に会社不当な圧迫

一人一人呼び出し 調書を強要

私たちは危険な職場を無くすまで組合に固く結集し斗う

働く仲間の皆さん 御家族の皆さん!!

私たちはあのいたましい9月18日の事故のあと ただちに原因を調べ この事故が会社の生産第1主義によってひきおこされたものであることを明きらかにしました。

事故の第1の原因は 法的に義務つけられた「安全通路」がつねに有効にかくほされず7.2tの巨象のようなトラックが規定のトラック通路をはみだし 作業をやらされていたところにあったのです。

私たちはこの18日以後、私たちの安全対策を具体的に明きらかにし又故佐藤君の所葬の実態を明きらかにし皆さんに読んでいただきました。(9/26日、9/29の両日)

私たち同期生友人有志会は この佐藤君の死を決してむだにすまいと心に誓いあいました。

「この工場から危険な職場をなくすまで斗うんだ」高炉の君も転炉のアイツも熱延の先輩も 冷延の君も俺たちばかりじゃない下請の仲間も生産生産の中でいつも死の危険にさらされているんだ!

このような私たちの命を守る活動に対し 会社は保安掛をつかい 私たち有志会のメンバーを一人一人呼びだし 調書をかくように強要しました。(10/3~7)29日のビラを私たちは「製鉄駅前」の道路でまきました。これは何ら不法な行為ではなく私たち日本国民の崇高な当然の権利です。

その為に会社は内容が不当だといってきました。『この内容のビラを巻いたか巻かないか まいたなら』

『君達のまいたビラは名誉き損だ。訴える。場合によっては解雇する!!』等と私たちのメンバーに言ってきました。皆さん私たちはヒルミません。私たちの側に道理があるからです。

それは (会社のいい分)

1 金子所長の弔辞中「生産を上げることが彼のめい福を祈ることになる……」(わたしたちのビラ)

こんなことはいわなかった

2 永野重雄会長が亜鉛メッキ工場視察の時 某課長が彼の死んだ個所を指さした時 彼はソッポをむいて通り去ったという。もくとうなど毛頭するはずがなかった。」(わたしたちのビラ)この点は『某課長が指さしたのは永野会長ではなく金子所長に対してであり永野会長はその前をお客さんをつれて歩いていたのだ。だからもくとうしなかったのであり ソッポを向いて通り去ったというのはオカシイ。全く名誉き損だ』

(保安某掛員)『社長は安全のことを良く考えているし「モクトウなどする気はなかった」は名誉き損だ』

皆さんこのいいがかりは「人を殺した犯人が『非惨な男惨忍な男』の世間の声に対して「俺は惨忍ではない。そんなことをいうのはけしからん。訴える』と開きなおるのと同じではないでしょうか。

(私たちの見解)

1 弔辞の内容を要約したもの。弔辞の全文を公開すること。

この弔辞の内容については 写そうとするのさえ保安掛員は拒否したものです。「一人一人が職務を全うし社運をおこすことが故佐ト君のめい福を祈ることになる」が原文のようですが 保安掛員は『社運をおこすことは生産を上げるだけではない。安全第一も含まれている』といったようですがそれなら何故金子所長は『安全第一』でといわなかったのでしょう。

「社運をおこす」とは 他社にまけないようドンドン生産を上げ沢山売りモウケを多くすること これが常識ではないでしょうか。

2 社員の一人が死んだ場所を死ってか死らずかサッサと通りすぎたのは厳然たる事実 その時に永野会長が 「済まない気持」社員のめい福を祈る気持でいっぱいだったかどうかは彼に聞かねばわかりません。私たちは彼の気持は「態度で示される」と判断します。今なおトラックは安全通路に出てきているのです。しっかりした安全通路は三号ラインが出きるまでつくらないのです。今すぐどうしてつくらないのでしょう。

一人のメンバーが調書をとられました。この事実の釈明は皆さんとともに公けの場所でやっていきたいと思います。

別紙(四)

名古屋製鉄所社員就業規則

第3章 服務規律

(会社施設内での行為)

第三二条 社員は許可なく、会社施設内において次に掲げる行為をしてはならない。

1 業務に関係のない文書、図面等の掲示配布又はこれに類する行為

2 業務に関係のない演説、放送、上映又はこれに類する行為

第6章 懲戒

(懲戒の種類等)

(けん責その他)

第四二条 社員が次の各号の1に該当する場合は、けん責、減給(減給相当のけん責を含む。)、又は出勤停止(出勤停止相当のけん責を含む。)に処する。ただし、情状により訓戒にとどめることがある。

9 諸規定に違反したとき。

12 会社の秩序規律を乱す行為をしたとき。

(懲戒解雇)

第四三条 社員が次の各号の1に該当するときは、懲戒解雇に処する。ただし、情状により処分を軽減することがある。

4 会社に不利益を与えるような虚偽の事項を陳述し、又は流布したとき。

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